問題
Ⅲ-25 階層的意思決定技法に関する次の記述のうち、最も不適切なものはどれか。
① 階層的意思決定技法とは、複数の評価基準のもとで、多数の代替案の中からの選択をする方法である。
② 階層的意思決定技法では、2要素の一対比較という直感的な判断を基に、問題全体の大局的な判断に合成する。
③ 一対比較行列は、対称行列である。
④ 一対比較同士の整合性を確認するため、整合度という指標を用いる。
⑤ 複数の代替案を評価するときに、代替案の数が多くなると一対比較の総数が増え、すべての対を比較することは実用上困難となる。

解答
正解は 3 になります。
問題の概要
本問は、生産管理における意思決定論、特に「階層的意思決定技法(AHP:Analytic Hierarchy Process)」の定義、仕組み、および一対比較行列の数学的性質に関する知識を問う問題です。
AHPは、1970年代にトーマス・サティ(Thomas L. Saaty)によって提唱された手法であり、主観や直感といった定量化しにくい評価基準を、人間の優れた能力である「2つの要素を比べる(一対比較)」ことによって数値化し、論理的な意思決定へと導くシステム工学的アプローチです。
JIS Z 8141(生産管理用語)や標準的な経営工学のパラダイムにおいて、新工場の建設地選定、新規設備の導入評価、サプライヤーの選定など、「複数の複雑な評価基準」と「多数の代替案」が絡み合う多基準意思決定問題を解決するための強力な手法として位置づけられています。
各選択肢の記述から、AHPの適用限界や行列の構造を正しく理解しているかが問われます。
各選択肢の詳細解説
① 階層的意思決定技法とは、複数の評価基準のもとで、多数の代替案の中からの選択をする方法である。
【論理的・技術的根拠】
AHPの最大の特徴は、意思決定問題を「総合目標(例:最適な生産設備の選定)」「評価基準(例:価格、生産能力、保守性)」「代替案(例:A社製、B社製、C社製)」というように、ピラミッド型の階層構造(Hierarchy)に整理する点にあります。
単一の基準(例:価格のみ)で決めるのではなく、独立・競合する「複数の評価基準」のウェイトを考慮した上で、最終的な「多数の代替案」に総合評価のスコアを与えて順位付けを行います。
したがって、定義を正確に述べているこの記述は適切です。
② 階層的意思決定技法では、2要素の一対比較という直感的な判断を基に、問題全体の大局的な判断に合成する。
【論理的・技術的根拠】
人間は、10個の選択肢を同時に並べられて「どれが一番良いか」を客観的に点数化することは苦手ですが、「AとBを比べたら、Aの方がかなり重要である」というように、2つの要素を1対1で比較する(一対比較:Pairwise Comparison)ことは直感的に高い精度で行うことができます。
AHPでは、この局所的かつ直感的な一対比較のデータを1〜9の9段階の尺度(サティの基本尺度)で入力させ、それらを固有ベクトル法などの数学的手法を用いて、階層全体(大局的)のウェイトへと統合・合成(合成重要度の算出)します。
したがって、手法の基本メカニズムを解説しているこの記述は適切です。
③ 一対比較行列は、対称行列である。
【論理的・技術的根拠】
本肢の記述は明白に不適切であり、本問の正解(不適切な選択肢)となります。
一対比較の結果を並べた行列(一対比較行列:$A$)は、数学的には「対称行列(Symmetric matrix)」ではなく、「逆数対称行列(Reciprocal matrix / 反対称行列の性質を持つ正方行列)」となります。
- 対称行列の定義:転置行列が元の行列と一致する($a_{ij} = a_{ji}$)行列のことです。
- 逆数対称行列の定義:対角成分を挟んで向かい合う要素が「逆数」の関係($a_{ij} = \frac{1}{a_{ji}}$)になる行列のことです。
例えば、要素 $i$ と要素 $j$ を比較したとき、「$i$ は $j$ よりも 3倍 重要である($a_{ij} = 3$)」と判定した場合、その裏返しとして「$j$ は $i$ よりも $\frac{1}{3}$ 倍 重要である($a_{ji} = \frac{1}{3}$)」という値が自動的に行列に入ります。
また、自分自身との比較(対角成分 $a_{ii}$)はすべて「1」となります。
このように、対称ではなく逆数の関係になるため、この記述は明確に不適切(誤り)です。
④ 一対比較同士の整合性を確認するため、整合度という指標を用いる。
【論理的・技術的根拠】
人間の直感的な判断には、どうしても「矛盾」が生じることがあります。
例えば、「AはBの2倍重要、BはCの2倍重要」と答えたならば、論理的には「AはCの4倍重要」となるはずですが、人間が感覚で入力すると「AはCの5倍重要」などとブレてしまうことがあります。
AHPでは、この入力データの矛盾の度合い(論理的整合性)をチェックするため、一対比較行列の最大固有値 $\lambda_{\max}$ を用いて整合度(CI:Consistency Index:整合度指標)、および整合比(CR:Consistency Ratio)という指標を算出します。
$$\text{CI} = \frac{\lambda_{\max} – n}{n – 1} \quad (n\text{ は行列の次数})$$
一般に、$\text{CI} \le 0.1$(矛盾が10%以下)であれば、その一対比較結果は信頼できる(整合性がある)と判定されます。
したがって、この記述は適切です。
⑤ 複数の代替案を評価するときに、代替案の数が多くなると一対比較の総数が増え、すべての対を比較することは実用上困難となる。
【論理的・技術的根拠】
AHPにおける一対比較の回数は、比較対象の要素数を $n$ としたとき、組み合わせの数(総当たり)となるため、以下の数式で計算されます。
$$\text{一対比較の総数} = \frac{n(n – 1)}{2}$$
要素数 $n$ が大きくなると、比較回数は二次関数的に急増します。
- 代替案が 3つ の場合: $\frac{3 \times 2}{2} = 3$ 回
- 代替案が 5つ の場合: $\frac{5 \times 4}{2} = 10$ 回
- 代替案が 10個 の場合: $\frac{10 \times 9}{2} = 45$ 回
評価基準が複数ある場合、それぞれの基準ごとにこの回数の一対比較を人間(意思決定者)が行う必要があるため、代替案の数が多くなると回答者の疲労による精度の低下や、実務上の不可能性(実用上困難)に直面します(サティは要素数を $7 \pm 2$ 以内に収めることを推奨しています)。
したがって、この記述は適切です。
追加解説(試験対策の視点)
AHP(階層的意思決定技法)の問題が出題された際、最も狙われやすいのが「一対比較行列の数学的性質」と「整合度(CI)」です。
一対比較行列 $A$ が完全に矛盾のない(完全な整合性を持つ)状態であるとき、各要素の真のウェイトを $w_i, w_j$ とすると、行列の各成分は $a_{ij} = \frac{w_i}{w_j}$ と表すことができます。
このとき、行列 $A$ の最大固有値 $\lambda_{\max}$ は、必ず行列の次数 $n$ と完全に一致します($\lambda_{\max} = n$)。
人間の判断にブレ(矛盾)が生じると、最大固有値は次数よりも必ず大きくなります($\lambda_{\max} > n$)。
選択肢④の数式 $\text{CI} = \frac{\lambda_{\max} – n}{n – 1}$ を見ると分かるとおり、完全にブレがなければ $\text{CI} = 0$ となり、ブレが大きくなるほど $\text{CI}$ の値が大きくなります。
この一連の数理ロジックを頭に叩き込んでおきましょう。
まとめ
- 一対比較行列の成分は $a_{ij} = \frac{1}{a_{ji}}$ の関係を満たすため、対称行列ではなく逆数対称行列である(選択肢③が不適切)。
- 人間の主観的な一対比較をベースにするため、データの矛盾を検出する整合度(CI)によるチェックが不可欠である。
- 要素数 $n$ に対して比較回数が $\frac{n(n-1)}{2}$ で急増するため、代替案が多すぎると実用が困難になるという実務上のトレードオフがある。
感想
この年の問題、やたら難しいような・・・・。
解説書くのも一苦労です。
マグレで正解でしたがそんなものなんの役にも立ちませんね。
そしてこの階層的意思決定技法、初出のようです・・・。
頭に叩き込んでおこう。